第一巻冒頭部自主翻訳

DieHardTales2020-12-05

■ プロローグ 2020年、ネオ・サイタマシティ■

 無精髭が、サムライを思わせた。サイバネティック手術をその右腕に施したと見える浮浪者じみた男は、シケモクのタバコを踵で揉み消すと、どっかと気だるげに隅のカウンターに座した。だが、その先にイタマエは居ない。杉の板目も美しいカウンターの先には、風水墨絵の描かれた壁があるばかり。それと睨み合いをするようにして、三十人からの暗く伏せ目がちな客どもが、横一列に並んでいるだけなのだ。

 男はカビの匂いがするレザーコートの胸ポケットを探り、残された三枚のコインの一つを、壁のスリットに滑り込ませた。電子音声に従って手元のボタンを一つ押すと、壁の「雷」と毛筆で書かれた部分が開き、一皿のみずみずしいスシが出てきた。

 ようやく物の食い方を思い出したかのように、男はスシを貪った。だが、彼の飢えを満たすには至らない。男はひとつ溜息を付いた。仕事が無ければ義手を治す金は無い。義手が直らねば仕事は無い。男はもう一枚のコインを投入し、ボタンを押した。機械音とともに、新たなスシが現れた。もう一枚コインを投入すれば、明日スシを食う金は無い。

 哀れと思うか? だが、屋根がある。灯りがある。空気浄化が成されている。まだましなほうだ。情緒溢れるネオンに照らし出されたこの江戸前寿司屋の、壁一枚向こうの暗黒に比べれば。

 そう、この男は、このたびの物語の主人公ではない。彼は、この世界のごくありふれた負け犬の一匹に過ぎない。コンクリートの壁をはさみ、男の数メートル右手・・・。救い難い路地裏の暗黒こそが、これから我々の向かうべき世界なのだから・・・

 

■ 路地裏のニンジャ ■

 独り雨に立つ黒づくめの男の周りには、五人が折り重なるように倒れていた。ぴくりとも動かない。男はうつむき、物思いにふけっているようでもあった。男の両腕は血で汚れていた。おそらくは倒れている五人の返り血だ。重金属を含んだ雨が濁った血液を洗い流していく。

 異様であった。喧嘩、盗み、殺しの類は、この汚れきった電子都市ネオ・サイタマの闇における日常の営みに過ぎない。だが、古の格言「多勢に無勢」を真っ向から覆すようなこの光景は、いったいどう説明すればよいのか? 男は何をしたのか? 注目すべき点はもう一つあった。この乱闘者たちの姿――男も五体の死体も、頭巾と覆面で顔を隠し、闇に溶けるような装束に身を包んでいる。まるでニンジャのようであった。いや、ニンジャ以外の何者でもない。

 ネオ・サイタマ69番街、通称「ヒノトミ・ストリート」。ここで数分前に起こった出来事の理由を探り出すために、私たちは二時間と七分、時間をさかのぼって考える必要がある。場所はヒノトミ・ストリートから南へ22ブロック離れる。ネオサイタマ31番街。通称「オハナ・バロウ」。トーフ工場が吐き出す噴煙の下、物語は幕を開けるのであった。